現在世界的にSUVが大人気で、各メーカーともブランニューモデルを続々と登場させてラインナップの増強を図っている。
しかし、SUVという言葉が使われるようになる以前は、オフロード走行を前提として開発されたオフロード4WD車はクロカン(クロスカントリーの略)とも呼ばれマニア向けの存在としてごく少数がラインナップされていたに過ぎなかった。
このクロカンが大人気となったのが、2代目パジェロのデビューに端を発する1990年代初頭のクロカンブームで、これによりクロカンが身近な存在となったのは周知の事実。
前述のとおり、クロカンはオフロード走行が前提ゆえ4WDが必須のほか、堅牢なボディなど武骨で力強いことが偉いとされていた。
現在のSUVではデザインにこだわるのは当たり前で、その最たるものがクーペルックのSUVと言えるかもしれない。
本企画では20世紀に登場した本格的なオフロード性能を備えながらも、デザインにこだわって+αの魅力を備えたクロカンをデビューが古い順に紹介していく。
文:永田恵一/写真:NISSAN、ISUZU、TOYOTA、MITSUBISHI、MAZDA
【画像ギャラリー】1990年代初頭のクロカンブームを彩った精鋭たち
日産テラノ(初代)
販売期間:1986~1995年

初代テラノはダットサンピックアップトラック(D21型)をベースに開発され1986年にデビュー。サファリの下に位置するクロカンだ。
サファリがオフロード性能を高めるためにリジッドサスだったのに対し、テラノはリアはサファリのリジッドサスを踏襲するも、フロントはダブルウィッシュボーンを採用するなど、オンロードでのドライバビリティ、乗り心地も重要視されていた。
何よりも目を引くのは日産の北米デザインスタジオのNDIが手掛けたエクステリアデザインで、何よりもBピラー後部に三角窓を取り入れているのを斬新だった。
全体的なプロポーションはスクエアで、当時のクロカンは1700mmを大きく超える全高が一般的だったなか、テラノは1680mmのローフォルムとなっていたのも個性的だった。

フロントマスクは角型2灯でシンプルながら精悍な表情に仕上げられていた。
1993年のマイチェンではオーバーフェンダーを装着したワイドボディ版が追加され、よりいっそうワイド&ローフォルムがクロカンとして異彩を放っていた。
2代目テラノは、性能面では進化しながらも、デザインでインパクトを与えた初代のような個性が失われ埋没してしまった。
トヨタハイラックスサーフ(2代目)
販売期間:1989~1995年

初代ハイラックスサーブは2ドアしかラインナップされていなかったが、1989年のフルモデルチェンジで登場した2代目では4ドアが追加された。
2代目ハイラックスサーフは、ハイラックス4WDとパワートレインを共用したが、インパネなどを除き専用設計されて生まれ変わった。
エクステリアデザインは初代のイメージを踏襲しつつも、当時セダン、クーペなどに続々と採用されていたラウンドフォルムにより大きく洗練された。

2代目ハイラックスサーフはクロカンブームでは2代目パジェロと双璧をなす人気モデルとなったが、当時の若者はハイラックスサーフを支持する人が多かったのは、一見武骨に見えるがオシャレな感じのするデザインが大きな要因だったと思われる。
いすゞミュー(初代)
販売期間:1989~1998年
1989年にデビューしたミューは、FRP製のトノカバーを持ったハードカバー、折り畳みの幌を持つソフトトップの2タイプのボディをラインナップしていた。
そのミューは金属製ルーフのメタルトップが1990年に追加され一躍人気モデルになった。

ミューの最大の特徴は全長4135×全幅1765×全高1695mmというショート&ワイドでしかもローフォルムというプロポーションにある。
前後のブリスターフェンダーがとにかく目立つ!! 何にも似ていないのもいい。いすゞのクロカンの王道がビッグホーンなら、クロカンでありながらスペシャルティカー的な雰囲気を持っていたのがミューだ。
ミューのエクステリアデザインは、実車をデフォルメしたチョロQがそのまま実写化されたようだったため、チョロQルックと言われ親しまれていた。
最後に紹介するビークロスで世界をアッと言わせたいすゞだが、その下地はすでにミューででき上がっていた。このデザインで市販したことに拍手!!

三菱チャレンジャー
販売期間:1996~2001年
クロカンブームの火付け役の2代目パジェロをベースに開発されたのがチャレンジャーで1996年にデビュー。
チャレンジャーがデビューした1996年はすでにクロカンブームは下火となり、その変わりに台頭してきたのがシティクロカンということもあり、パジェロ譲りのオフロード性能を持ちながら、よりオンロード性能に特化したのがチャレンジャーだ。

クロカンタイプながら全高は1710mmに抑えられ、シャープなラインで構成されたボディに加え端正なフロントマスクが与えられた。
オールランドスポーツを掲げていたチャレンジャーでは特別仕様車のシティクルージングを登場させ話題になった。
ボンネットガーニッシュ(ステンレス)、メッキドアハンドル、ルーフスポイラー、専用15インチアルミホイール、専用エアロタイプサイドカウル、専用プリスターフェンダー&フロントエアロバンパー、専用フロントグリルなど、クロカンタイプにスポーツ&スペシャルティカーのような装備を採用したパイオニア的存在だった。

いすゞビークロス
販売期間:1997~2000年

最後に紹介するのが日本車のクロカンで最もデザインにこだわった1台と言えるだろう。
いすゞはSUVを除く乗用車の自社開発・生産から撤退した1993年の東京モーターショーでコンセプトカーの『ヴィークロス』(市販モデルはビークロス)を世界初公開。
その前衛的かつスタイリッシュなエクステリアデザインは世界で称賛された。当然一般の反響も大きく、いすゞはヴィークロスの市販化を決めたと言われている。

当時ベストカーでもヴィークロスはいつ市販されるかなど、スクープ情報を幾度となく掲載するほどの注目度の高さだった。
晴れて市販されたのは初公開から約3年半後の1997年3月で、ここで再び大きな衝撃を与えたのだ。
コンセプトカーがいざ市販されてみるとコンセプトカーを見た時の衝撃、感動がない、イメージが大きく違うというケースが少なくないが、ビークロスは細部の違いこそあれ、ほぼコンセプトカーで公開したエクステリアで登場した。

コンセプトカーは生産性など考えていないから好きなデザインができるが、コンセプトカーをほぼ忠実に市販したいすゞの生産技術には敬服しかない。117クーペの初期モデルをハンドメイドで生産していたいすゞらしさ全開だ。
ビークロスはデビュー前、デビュー後の衝撃、注目度の大きさとは裏腹に日本での販売面では苦戦し(北米では人気)、短命に終わってしまった。
いすゞとしては、反響の大きさから市販したものの、結果的にはしごを外された形になったが、ビークロスは日本車の歴史において記録よりも記憶に残る1台で、今見てもその斬新なデザインは健在だ。

【画像ギャラリー】1990年代初頭のクロカンブームを彩った精鋭たち
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March 26, 2020 at 09:00AM
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