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散り桜が美しい夜の公園。英国紳士と武士が、「あるもの」を手に語り合ったのは。榎田ユウリ「武士とジェントルマン」#3-4 | 榎田ユウリ「武士とジェントルマン」 | 「連載(本・小説)」 - カドブン

榎田ユウリ「武士とジェントルマン」

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 私は俯いている。
 隼人も俯いている。
 桜はすっかり散ってしまい、夜桜見物をする人の姿もない、静かな夜の公園だ。私と隼人は黙ったまま歩き、公園に辿たどり着き、そして今も黙ったまま俯いている。
 俯いている理由はもちろん、お互い相変わらず気まずいからではあるが……ほかにも理由があった。散った桜が美しいピンクのカーペットを作っているからだ。
「綺麗ですね」
 私が言った。ものすごく久しぶりに隼人に話しかけたような気がする。
「左様ですな」
 隼人が答える。淡々と静かな声だ。その手にはバスケットがあり、中には栄子が作ってくれた花見ベントウが入っている。
 ──桜はもう散っちゃったけど、地面にはまだ残ってるからさ。上を見なくてすむのは首が疲れなくていいでしょ。ちゃんとお花見しながら、二人で食べといで!
 隼人は栄子にだけは弱く、逆らえない傾向がある。いくらか物言いたげな顔を見せたものの、結局は黙ってバスケットを受け取った。私のほうは元気はつらつとはいかなかったが、二日酔いもだいぶ治ってきて、空腹も感じ始めていた。
「このへんにしましょうか。敷物を持ってきました」
「アンソニー殿は、ベンチのほうが楽なのでは」
「せっかくですから、桜のカーペットの上に座りましょう」
「承知」
 ビニールシートを敷き、その上にラグを重ねて座り心地を良くする。中央にバスケットが置かれ、私たちは向かい合って座る。隼人は肩がまだ痛むのか、ふだんより少し姿勢が悪い。
「…………」
「…………」
 会話は続かない。
 間がもたない。
 栄子が私のために、隼人とじっくり話せる場をしつらえてくれたのはわかっているし、確かに言いたいことはあるのだが……なかなか難しい。下手な言葉を使って、隼人との関係がさらにぎこちなくなるのは避けたい。なにしろ母国語ではないのだし、そもそも母国語ですら、私はしばしば対話相手の反感を買うタイプなのだ。
「……いただきましょう」
「そうですね」
 私は頷き、バスケットを引き寄せた。隼人にしてみればほとんど義務感でここに来ているのだろう。さっさと食べ終わって帰りたいのかもしれない。
「……ん?」
 バスケットの上にかかっていた手ぬぐいをどけて、私は小さく声を立てた。
 中にはランチボックス……ベントウ箱がふたつ入っていて、それぞれにHayato, Anthonyとせんが貼りつけられていたのだ。ということは、中身が違っているのだろうか。私たちはそれぞれのベントウを手にする。
 開けてみて、思わず頰が緩んだ。
 おにぎりが三つと、キューブに切った卵焼き、ウインナー、プチトマトが串に刺さったもの、ブロッコリーのおかか和え、ささみのフリッターという内容だった。それらが箱の中で実に美しく、かつ多少の振動では崩れない工夫で配置されている。この小さな箱の中には、美味と配慮と愛情が詰まっていた。すばらしき、私の初ベントウである。思わずスマホを出し、美しいベントウの写真を何枚も撮った。せっかくだからと、散った桜のカーペットの上に置いて撮影したら、なんともBrilliantな一枚になった。あとで叔母に画像を送信して自慢しよう。恩師に送ることもちょっと考えたが、ねたまれそうなのでやめておいたほうがいい。
「見てくださいハヤト、この芸術的なベントウを」
 気分もだいぶ持ち直し、自然に話しかけることができた。
「ささみのフリッターの衣がほんのり緑色なのがまた美しい。これはマッチャの色かな。いや、焼きそばを食べた時にかかっていたアオノリかもしれない。そういえばアオノリはどう見てもグリーンなのに、なぜ日本では青と言うのでしょう。正しくはミドリノリになるかと思……」
 言いながら隼人のベントウを見て、私は言葉を途切らせた。
 黒い。
 真っ黒だ。ダークマター…………。
 彼が手にしているランチボックスの中は漆黒だったのである。
「それは……いったい……」
「……栄子殿はそれがしをお怒りのようです」
 隼人が力なく答えた。
「怒りと呪いのベントウなのですか?」
「いえ、これはのり弁と申すもので、食すになんら問題ござりませぬ。わが国では人気のある弁当のひとつです」
 そう聞いてほっとする。なるほどがご飯を覆い尽くしているわけか。
「それでは、なぜノリベンだとエイコが怒っていると?」
「通常ののり弁は、ご飯に海苔はかかっているものの、ほかにもちゃんとおかずがあるのです。ちくわのフライだとか、焼きざけだとか、きんぴらごぼうだとか。ですがこれは、おかずが一切ない暗黒弁当……おそらく海苔の下は……」
 隼人が箸で、海苔の端を少しめくる。まだらに茶色い白米が見えた。
「やはり……ただのしようメシのみ…………おかかすらなし…………」
 このベントウを、隼人は今までに二回経験しているという。
 一度目は栄子が通い始めてほどなく、つまりかなり昔だ。栄子が何度も隼人に好物やリクエストを聞いているのに、隼人はずっと「なんでもよろしゅうござる」と答え続けていた頃があったそうで、挙げ句、『なんでもいいは、どうでもいいと同義!』というメモとともにこのベントウが置かれていたとか。
「そして二度目は……それがしが連絡もせず、数日家を空けたことがござりまして」
 戻ってきた時、栄子はものすごく怒っていて、三日間のり弁が続いたそうだ。
「はあ。それは……きっと心配したのでしょう」
「いかにも。反省いたしました」
「今回も……エイコは心配したんだと思います。その、私から、一昨日の話を聞いて。勝手に話したことは、悪かったと思っています」
「構いませぬ」
 隼人は暗黒ベントウから視線を上げ、もう花のほとんどない桜を見上げた。
「いずれ、誰かから聞くのでしょうから。栄子殿に隠し事などできませぬしな」
「ハヤト」
 私は一度ランチボックスを置き、隼人に向き直った。
「あの夜、ナンセンスなどと言ったのは失礼でした。ごめんなさい。ハヤトは人の命を救ったというのに」
「……いかに思うかは、貴殿の自由です」
 隼人は静かに答えたが、まだ私を見ようとはしない。
「そうですね。思うのは自由です。けれどあえて口に出したのは、きっと私が苛ついていたからでしょう。ハヤトの英雄的な、しかしとても危険なあの行いに対してです。とても納得できるものではありませんでした」
「…………」
「今日も二日酔いの頭で考えていました。こういった問題に正解などなく、いくら考えたところで無駄なのかもしれませんが、それでも考えてしまうのが私なのです。自分がハヤトだったら、あの時どうしただろうか、とも考えました。つまり、車の多い道路に、自分のよく知る子供の祖父がふらふら出ていくのを、目撃したなら……。ためらわずに飛び出せば、彼を助けられるかもしれないというタイミングでね。たぶん、いえ、間違いなく私はハヤトのようには動けない。助けたいと思うでしょうが、絶対に足が動かない。そのうちに事故が起きるか、奇跡的にブレーキが間に合うか……。運次第、ですね。私には意気地がないのでしょう。でも、それが普通だと思うのです。竦んでしまうのが当然です。なのに……」
 隼人はようやくこちらを見た。私の言葉を止めようとはせず、黙っている。
「きみはためらわなかった。すぐに走り出しました」
 誰かを助けるために、自分が死ぬ羽目になるかもしれないその瞬間を──待っていたかのように。
「そのことに、私は大きな違和感があったのです。まるで自殺じゃないかと。なんであんなことができるのかと。武士だから? それが武士のハラキリ精神?」
 隼人は私から視線を逸らさない。けれど、いくら黒い瞳を見つめても、その胸の内はわからなかった。
「ハヤトはあの時、死んでもいいと思っていたのですか? だから迷いなく走り出したのですか? 武士道とは死ぬことと見つけたりとは、そういうことなのですか?」
 隼人は少し目を細める。
 まだ枝に残っていた花びらがゆらゆらと降ってきて、ばんそうこうの貼ってある隼人の額にふわりと降りる。隼人はそれに気がついていないようで、薄いピンクの花弁をくっつけたまま「しばしご猶予を」と視線を外した。考える時間が欲しいということなのだろう。
 私は頷いた。待つのは苦手ではない。
「……順番に、お答え申す」
 やがて、隼人の考えがまとまったようだ。
「まず、それがしはあの時……車道に出ようとしている森田翁を見つけた時、死んでもいいとは考えておりませなんだ。迷いがなかったというより、なにかを考える余裕など一切なかったのです。普通は動けないと貴殿は申されましたが、そうなのだとしたら……それがしは普通ではないのでしょう。その『普通ではない』ところについては、それがしが武士として育てられたことと、無関係ではないかもしれませぬ」
 一度言葉が止まり、隼人はまた考える。じようぜつとは言いがたい彼が、真摯に言葉をり寄せているのがわかる。
「──武士道といふは、死ぬ事と見付けたり。二つ二つの場にて、早く死ぬはうに片付くばかりなり。別にさいなし。胸すわつて進むなり」
 隼人がたんたんと口にした。
「祖父の愛読書だった『葉隠』にござります。アンソニー殿はもうご存じでしょうが、武士の心得について、なべしま藩の藩士がまとめたものです。『武士道といふは、死ぬ事と見付けたり』の部分だけが独り歩きしている感がござりますが……別段、死を勧めているわけではござらぬ。簡略していえば、『いつでも死ねるほどの覚悟を持って主君に奉公せよ』というところでしょう。祖父はとくに『胸すわつて進むなり』が大事だと申しておりました。胸がすわるというのは、覚悟をするという意味にござります。……覚悟、の意味はおわかりか?」
「強い気持ちでなにかを決める、あるいは受け入れる、という意味と教わりましたが」
 日本語のカクゴにぴったりフィットする英単語はない。文脈に応じて使う語を変えることになる。
「いかにも、その通り。なにかを決め、受け入れ、その後は揺らがない。どんな状況になろうと、心を変えない。そして心を乱さない。そのような意味になります。覚悟は強制されるものではなく、自らするものです。ゆえに納得ずくでなければならず、納得するためには理由が必要にござります」
「理由……」
「ですがそれがしには、その理由がござりませぬ。まこと、情けなきこと」
 隼人の口が僅かに歪む。自嘲したのかもしれなかった。
「かつては主君への忠が、あるいは戦に勝利することが、その理由になったのでござろう。しかしながら、今の世にそれらはござらぬ。それがしは祖父が理想としていた『覚悟を持った武士』を目指しているものの……まったく至っておりませぬ。武士として、揺らがぬ覚悟を決めるための、その理由がいまだ見つからないのです」
「ハヤトは充分、現代の武士として、役割を果たしているでしょう? 地域のみなさんにも好かれ、子供たちにも慕われ……」
「役割とは最低限の義務。覚悟とは違うものです。覚悟がなければ、武士とは言えませぬ。それがしなどは……見てくればかりの、偽者にござる」
 そんなことを言ったら、金髪武士の頼孝などどうなってしまうのか。彼はああ見えて、実は覚悟を持った武士なのか? いや、恐らく隼人にとって他の武士がどうであるかなど問題ではないのだ。彼の中の、武士のあるべき姿、そこに届いていないことが耐えがたいのだろう。
 なんとも……理想が高い……いや、理想が時代錯誤を起こしている……?
「つまるところ、偽者の焦りにござろう」
「……は?」
「ためらいなく、森田翁を助けた理由にござります。偽者が、偽者ではないとあかしを立てたく、いわば功名心がそうさせたのです」
「いや」
「厚顔も甚だしい、偽善にござります」
「いやいやいや、それは考えすぎです」
「貴殿に問われたゆえ、それがしなりに考え、出した結論なのですが」
「そうではありますが、いえ、真剣に考えてくれたことはありがたいのですが、そこまで自分に否定的になる必要は……」
「もっとも厳しく見つめるべきは、己です」
 なんとまあ、厳然かつ頑固な武士であろうか。
 私も若い頃はあれこれと思い悩むたちだったし、今もその傾向は強いが、ここまで自分に厳しくはなかった。悩みの種が尽きないのは、自分の問題というより、自分と世界の相性のせいだと捉えていた。世界、世間、社会、そういったものの型枠に、私というピースはまりにくい。なんとか嵌めるには、どこかを削ったり、時には無理に押し込む必要がある。だからといって、私というピースが不良品なわけではないのだ。私はこういう形なのだから、仕方ないし、それでいいのだ。
 ところが、隼人は自分が悪いという。
 隼人の目を見る。
 黒く澄んでいる。意固地であるとか、無理をしているとか、そういう目ではない。ただ強く思い込んでいる。偽者だと。偽善者だと。真の武士、覚悟のある武士ではないと。
 そんなことはないと、私が千回言っても無駄だ。
 しょせんは知り合ったばかりの、間借りしている外国人だ。他人になにがわかると言われればそれまでである。事実、私は隼人のことなどさして知らない。だとしたら、もう私に言えることなどなにもない。栄子は隼人を叱ってくれと言っていたが、私にそんな資格があるはずもない。だとしたら、私がさっき投げかけた質問は、ただ隼人を追い詰めて自己否定させただけではないか。
 そんなことをしたかったわけではない。
 私は、私はただ……。
 ふと、ノリベンが視界に入る。
 ふたりともベントウには手をつけていないので、ダークマターもそのままだ。真っ黒だ。栄子が怒っている時の、意思表示。
 ──まったくもー、ヒヤヒヤさせんなっつーの。ねえ。
 彼女はそう言っていた。その言葉はなんのひっかかりもなく、私はすぐに頷いた。たぶん、何度かコクコクと頷いた。とても納得できたからである。
 私は隼人をよく知らない。だから隼人に「それはおかしい」だとか「変わるべきだ」などとは言えない。けれど私は、自分のことならばわかっている。
 そして自分の意見なら、臆せずに口に出していいはずだ。
「武士の覚悟について、私はよくわかりませんが──」
 素直に、言っていいのだ。
「怖かったのです」
 だから言った。隼人が、ちょっと虚を突かれたような顔になった。
 そんな顔をされると、言葉を間違ったのかと不安になる。怖かった、であっていると思うのだが……。
「怖かった、と?」
「はい」
「なにゆえ」
 怪訝そうに聞かれ、私は多少気分を害する。そんなことは聞かなくてもわかりそうなものだ。
「ハヤトが轢かれたのではないかと、恐怖を感じました。息が止まりそうに驚いて、私の心臓には間違いなく負荷がかかりました。べつにそれについて責任を取れとは言いませんが、原因は間違いなくきみにありますよね。違いますか?」
「……貴殿はそれをお怒りか?」
「は? 怒ってはいません」
「お怒りのように見えまする」
「怒ってません」
「ですが……」
「怒ってない!」
 思わず声が大きくなってしまい、自分で(しまった、怒ってしまった)と気がつく。隼人は目を見開き、少し肩が揺れた。驚いたようだ。
「…………失礼。あのですね、つまり、あれです。怒ったというか、心配したということです。まあ、余計な心配と言われればそれまでですが、私も好きで心配しているわけではないし、心配というのは自分で止めようとしても難しいし……。そして心配は楽しいものではありません。ハラハラ、ソワソワ、ウロウロ……擬態語onomatopeia、あってますかね? とにかく、落ち着かない。ジュミョーがチヂミです。ですから私はお願いしたいと思います。強制はできないので、お願いです。聞くだけ聞いていただけますか? 聞いてもらえるなら、ささみのフリッターをわけてあげてもいい」
 まくし立てる私に、ややされたように隼人が頷く。私も頷き返し、今度は短く、冷静に要望を伝える。
「もうしないでください」
 そうなのだ。つきつめれば、それだけだ。
 隼人が真の武士なのか、偽の武士なのか、そもそも武士とはなんぞや、『葉隠』に正解はあるのか、『武士道』に書いてあるのか、でなければ『りんのしよ』か──その答を私は知らない。外国人である私に、容易にわかるものではないだろう。けれど、武士であろうがなかろうが──。
「車の前に、飛び出してはいけません」
 なぜなら危ないから。痛いから。死ぬから。
「ハヤトが覚悟を持ち、人を助けようとしているのはわかります。けれど、それでハヤトになにかあったら……たとえば、ソラくんのおじいさんのためにハヤトが死んでいたら、ソラくんはどう思うでしょう?」
 隼人は私に顔を向けたまま、視線だけが少し落ちる。
「ソラくんだけではありません。きみがいなくなったら、悲しむ人が大勢います。だからあんなことはしてはいけない。エイコのノリベンは、そういう意味だと思います」
 はらり、と桜の花びらが落ちる。
 隼人の額からだ。落ちてやっと、それに気づいた隼人が額に軽く触れる。
 私たちはしばらく黙って、敷き詰められた散り花を眺めていた。どんなに美しい花だろうと、散り落ち、踏まれ、土に還る。花も死ぬのだ。私たちは少しばかり賢いだけのサルだが、このサルは自分がいつか死ぬことを知っている。その恐怖を打ち消すため、時に人は『死』を美化したがるのかもしれない。
「……承知いたした」
 やがて、隼人は答えた。
 小さな声だったが、ちゃんと聞き取れた。思えば、隼人は自分には厳しいけれど、人の頼みを断ることはほとんどない。
「ありがとう」
 私はそう返す。どんな顔をしたらいいのかわからなかったので、たぶんつまらなそうな顔になったと思う。だがまあ、隼人のほうも似たような顔なので、お互いさまである。
 花は桜木、人は武士。
 宙の祖父が言っていた言葉だ。私は今日の昼間、検索して調べてみた。
『桜がパッと咲いてすぐ散るように、武士の死に様もまた潔い』などという解釈もあったが、これは後づけ、こじつけの類かもしれない。もともとはいつきゆうそうじゆんという僧の『花は桜木 人は武士 柱はひのき 魚はたい 小袖はもみじ 花はみよしの』からきているそうだ。各分野でもっとも優れているものをあげていった文章とされている。人の中で武士が一番というのは、その僧が生きていた時代の感覚であろうから、いいも悪いもない。現代も、日本において武士とは、なにか特別なアイコンとして作用しているようだ。洋の東西を問わず、命をかけて戦う者たちに、人は憧憬を寄せるものである。とはいえ、武士のイメージにも個人差があるようで、一概に…………。
 グゥ。
 私の思考を、胃の音がさえぎる。
 隼人がこちらを見た。朝からほとんど食べていないのだから無理もない。私は軽くせき払いをしたのち「食べましょう」と言った。隼人も「左様ですな」と箸を取る。
「ソラくんのおじいさんは、どうなるのでしょう」
 栄子の作った三角おにぎりを食べつつ、聞いてみる。あっ……ウメボシ…………食べられないわけではないが、サーモンだともっと嬉しかった……。
「入院先で、認知症の検査を受けることになったと……宙のご母堂が連絡をくださりました。介護認定手続きなども進めており、家族や親戚で今後のことを話し合うと」
 宙の母親はひとりで悩んでいたそうだ。義父の様子が変だと気づきつつも、夫は単身赴任中で話し合う機会が持てず、電話で訴えても「歳のせいだよ」と言われるばかり、義父は検査を嫌がり、自分の仕事も忙しく──すべてが後手後手になってしまったと。そのせいで息子が傷つき、自分も傷ついた。田中先生と面談した時点では彼女自身の混乱がひどく、義父について切り出せなかったらしい。無理もないことだ。とてもひとりで背負えるような問題ではない。
「ソラくんの様子は?」
「田中先生いわく、落ち着いているそうです。翁を心配し、見舞いに行ったと」
 これは私の勝手な想像なのだが──宙の祖父は、自分が孫に暴力を振るったことを思い出したのではないか。その自責の念で、家を飛び出した可能性はあると思う。ならば、車道に出た理由は? 単に横断したかったのか、あるいは別の意図があったのか……私にはわかるはずもなく、今後の症状が落ち着くことを祈るしかできない。
「病気が治ったら、また一緒に暮らしたいと……宙は言ったそうです」
 ノリベンを端からちようめんに食べながら、隼人が教えてくれる。宙はやはりおじいちゃんが大好きなのだ。優しくて、強い子だ。まっすぐな目をして、賢く、礼儀正しく……けれど少し、甘えるのが下手。
 似たようなタイプが、ここにもいる。
 黙々とノリベンを食べ、時々チラリとこちらのベントウを気にしている。

 私は約束通り、ささみのフリッターをひとつ提供した。

つづく
※次回は5月号に掲載予定です。

◎第 3 回全文は「カドブンノベル」2020年1月号でお楽しみいただけます!



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February 04, 2020 at 05:03AM
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