「旅」が変質したいまだから、読みたい旅の記憶の物語。
『ウィトゲンシュタインの愛人』
デイヴィッド・マークソン著 木原善彦訳 国書刊行会刊 ¥2,640
アメリカでは1988年に刊行された『ウィトゲンシュタインの愛人』の日本語翻訳版が、コロナウイルスによって世界が変わってしまった2020年の夏に刊行されたことは何かの符合だろうか。
地上からすべての人々が消滅し、最後の人間として残されたケイトという女性が、アメリカのどこかの家で自分の人生や旅の軌跡を回想するという設定の実験小説を読んだのは、私自身、自分の人生の半分以上の時間を占めてきた「旅」ができなくなって引っ込んだ過疎地の山小屋でのことだった。物理的な人との接触が極端に少ない生活をしているために、誰もいない世界に伝言を残しながら旅をしたケイトが、誰に向けてというわけでもなく紡いでいく文章を読みながら、その孤独に心を寄せて辛い気持ちになったりもした。けれど読み進めることができたのは、人類消滅前の記憶と、ひとりで旅をした記憶が交錯しながら展開する物語のリズムと、その隙間に混じるさまざまな土地やミュージアム、古典的なストーリーについてのトリビア情報のおもしろさだ。足を運んだことのある場所もあれば、まだ見ぬ憧れの場所の話もある。いずれにしても、いまはまだ足を運ぶことができない、そして、いつ訪ねることができるようになるかわからない場所ばかりだ。
そもそも人はなぜ旅をするのだろうか。自分は何に取り憑かれて、旅を続け、文章を書いてきたのだろうか。自分がケイトだったら誰もいない世界を旅しただろうか。かつてのように、世界中を気軽に旅をできる世界がいつ戻ってくるのか、そもそも戻ってくるのかがわからないいまだからこそ、本書は、20年にこの本を手に取る人にたくさんの疑問を投げかける。そして、ケイトの「旅」を追いかけることで、自身の旅を振り返ることができるのも醍醐味だ。
慶應義塾大学卒業後、イェール大学大学院修士課程修了。1998年よりニューヨーク在住。著書に『ヒップな生活革命』(朝日出版社刊)、近著に『真面目にマリファナの話をしよう』(文藝春秋刊)など。
*「フィガロジャポン」2020年11月号より抜粋
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