東京地検特捜部が秋元司衆議院議員を逮捕した。IR、すなわちカジノを含む統合型リゾート事業への参入を目論んでいた中国企業側から賄賂を受け取ったとされる収賄の容疑だ。今後の展開は――。
まずは一安心の検察
「特捜部が逮捕へ。すでに逮捕状を取っており、容疑が固まり次第、逮捕する方針」
検察が強制捜査に着手する当日、新聞やテレビのニュースでこうした報道を見聞きした経験がある人も多いだろう。今回もそのパターンだった。
しかし、内情を知る者からすると、「容疑が固まり次第」というマスコミ独特の言い回しは実に滑稽だ。
長期にわたる内偵捜査で容疑が固まっているからこそ、逮捕して身柄を拘束し、起訴するという方針を立て、検察が組織を挙げて決断し、実際に逮捕状を取っているからだ。
現職の国会議員を逮捕する際は、あらかじめ地検、高検幹部の決裁や了承を得るばかりか、必ず最高検の指揮を受け、その了承も得る。
地検から主任検事や特捜部長、次席検事らが、最高検から担当検事や次長検事、検事総長らが顔を揃えた「御前会議」が開催される。ここで「ゴーサイン」が下りるわけだ。
では、いよいよ逮捕するという当日、もっとも気を使うことは何か。それは、逮捕を予定している被疑者の身柄を安全かつ確実に確保する、ということにほかならない。 逃亡や自殺のおそれもあるからだ。
今回は無事に秋元議員の身柄を確保し、逮捕できており、検察としてもまずは一安心といったところだろう。
絶妙なタイミング
もともと特捜部は、IR利権の解明に向け、遅くとも2019年秋ころから本格的な内偵捜査を進めていた。幸運だったのは、中国企業側による外為法違反という「入り口」の事件が形式犯だけに固かったことだ。
2017年9月の東京地検特捜部長就任後、文部官僚や4大ゼネコン、企業トップらを次々と立件してきた森本宏特捜部長は、表情こそ穏やかで物腰柔らかだが、「とにかく事件をやりたい」「やる以上は徹底的にやって壁を突破したい」といった強気の姿勢が際立つ。
ただ、その森本部長率いる特捜部が唯一未達成だったのが、政財官のうち政界が絡む不正の立件だった。すでに森本特捜部長の任期も異例の長さとなっており、地方の地検検事正に就任するといった異動の話もいったんは立ち消えとなっている。
そのため、今回の事件は、森本特捜部長の最後の大仕事ということで、検察内でも「ゴーサイン」が下りやすい状況にあった。
2020年1月20日に通常国会が始まれば、会期中は逮捕されないという憲法の不逮捕特権に守られるから、簡単には国会議員に手が出せなくなる。
その前に何か動きがあるだろうと見られていたが、12月19日に秋元議員の事務所を捜索した段階で、あとは秋元議員逮捕の「Xデー」がいつになるかが関心事だった。
その意味では、今回のタイミングは絶妙だった。逮捕後、勾留され、さらに勾留期間の延長が見込まれるが、それでも通常国会前に起訴を終えることができるからだ。
もし秋元議員の再逮捕がないとすると、所属する衆議院の要求があれば会期前に逮捕された議員を釈放しなければならないという憲法上の問題もクリアできる。
しかも、捜査を遂げるうえでは、逮捕後、数日間の取調べで出てくる初期段階の具体的な弁解を見極めることが重要となる。12月27日の御用納めまでにはその内容も確定するはずだ。改めて検事総長まで報告を上げ、指揮を受けることもできるわけだ。
起訴は確実
秋元議員は逮捕前に「事実無根で不正には一切関与していない」と容疑を否認していたが、何を言っても最終的には特捜部が起訴することは間違いない。北海道への家族旅行の代金まで中国企業側に丸抱えさせていたという話だ。
贈賄側関係者も同時に逮捕されているが、特捜部はすでに彼らから相当の情報を得ていると見られる。秋元議員の元秘書らも全容を語っているかもしれない。
実のところ、国会議員を収賄容疑で立件するのはかなり大変だ。その現金の授受が国会議員としてのいかなる職務に関するものなのか、簡単には特定できないからだ。政治家と支援者の間の単なる政治献金のやり取りだという主張も可能となる。
そこで、例えば現金をもらって業者側が成立を望む法案に賛成したとか、わざわざ国会質問で取り上げて役人らを追及したといった事実の有無が重要となる。
これに対し、内閣で大臣や副大臣などを務め、あるいは務めていた国会議員だと話が簡単だ。国会議員としての職務権限ではなく、大臣や副大臣としての職務権限に着目すればよいからだ。
彼らの職務権限は実に広範だ。たとえ特段の便宜を図っていなかったとしても、所管事項に関連する業者からの現金授受さえ確定できれば、収賄として認められやすい。もちろん、便宜供与の約束や実行まであれば、さらに事件が固くなる。秋元議員もIR担当の内閣府副大臣だったわけで、ここが運命の分かれ目だ。
いずれにせよ、特捜部が現職の国会議員を逮捕したということは、すでに現在の証拠に基づき、起訴を含めて地検、高検、最高検まで了承を得ているということを意味している。
秋元議員に対する捜査は、これを確実なうえにも確実に固めていくことと、余罪の掘り起こしのほか、縦横への広がりがポイントとなるだろう。
次の展開は
2018年の日産元会長カルロス・ゴーン氏をめぐる事件に続き、2019年も特捜部は越年捜査となった。森本特捜部長の執念が伺える。
特捜部が国会議員を逮捕したのは、2010年1月に陸山会事件で石川知裕議員を逮捕して以来だ。しかも、これは小沢一郎代議士の秘書時代の単なる形式犯だった。代議士の疑獄事件ともなると、2002年の鈴木宗男議員以来となる。
当時と比べ、特捜部の捜査で大きく変わった点が2つある。1つは、逮捕後の取調べがすべて録音録画されるので、あとから「供述調書は検事の作文だ」といった主張がしにくくなったことだ。
もう1つは、2018年6月に司法取引制度が導入され、特捜部はこれを積極活用しようとしていることだ。ゴーン氏をめぐる事件などがその典型だ。殺人罪など死傷者がいる犯罪はダメだが、贈収賄や外為法違反は司法取引が可能となっている。
IR利権は奥深い。関係する自治体首長や役人のほか、背後にいる大物議員らに「飛び火」する可能性もある。そうなると、政局に対する影響も避けがたいだろう。中国企業側による工作活動の全容解明に向け、特捜部による徹底捜査が求められる。(了)
2019-12-25 08:00:00Z
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